願はくば 花の下にて春死なむ そのきさらぎの 望月のころ
Akino-ya Banka’s Room Evangelion SS
「White Silence」
桜の下には
「何だい、それ」
「昔の、偉い坊さんの句だって」
「どういう意味なの?」
「そんなに難しい歌じゃないよ。望み願うことは、桜の花の下で、春の最中に死にたい。如月・・・これは旧暦だから、今で言う3月のことだね。その満月の頃に・・ってこと」
「・・・・どうして、そんなこというの。死ぬの、こわいじゃない」
「ねえシンジ君、人間はいつかきっと死ぬんだよ。だったら、死ぬ時くらい自分の望むようにって思うのは、自然なことじゃないかい?」
「・・・そんなに、死ぬなんていわないでよ・・・・・」
「ごめんごめん・・・・」
***
午後の穏やかな陽光が、ベランダに続くテラス窓や、天窓から降り注ぐ。
微風に流された桜の花弁が、ベランダに降り、天窓にも静かに積もっていた。
カヲルが悪戯っぽく笑い、天窓のスイッチに手を触れる。窓が開き、窓にひっかかっていた薄紅色が、音もなく滑り落ちる。・・・・彼の髪に、肩に。
「綺麗だろう?」
そう言って、カヲルが柔らかく笑む。
「本当に・・・・この季節が間に合って、良かった・・・・」
そのひとひらを、いとおしむように掌で受け止める。
「・・・寒くないの、カヲル君」
「寒い?どうして?」
午後の陽光は、部屋を心地好い暖かさに保っていたが、それも風が吹き込まねばの事。天窓から入り込む風は、まだ肌寒い。
「いいじゃない、春の匂いがして素敵だよ」
そう言って、また微笑む。シンジは何も言えなくなって、また少し痩せたその背中を抱きしめた。はずみで、銀色の髪に止まっていた花弁が彼らが座っている柔らかい色調のラグへ舞い落ちる。
「・・・・・シンジ君?」
その表情はすこし悲しそうで、声音は戸惑いをのせていた。構わず、シンジは抱きしめた腕に力を込める。
「…どうして、そんなに平気でいられるの? 怖くないの? …寂しく…ないの…?」
***
碇シンジの証言
目が覚めたら、彼はもういなかったんです。外は暗くなっていました。
のろのろ服を着てる間に、なんだか置き去りにされたような気分になって・・・必死になって探しました。階下に降りたらパーティに来ていた皆ももう帰ってしまったみたいで…たぶん、もう僕とアスカぐらいしかいなかったと思います。
アスカも、姿は見えなかったけど、僕の車で来てたから。
キッチンから水音がしてたのは、たぶん綾波だろうと思いました。姿を見たわけじゃないですけど。
靴を履いて、テラスから外へ出たんです。・・・・・何故かは分かりません。ただ、彼が外にいるような気がしたから。
どこをどう歩いたのか、覚えていません。気がついたらあの桜の下でした。
カヲル君は身体を幹にもたせかけるみたいにして、花を見てた・・・んだと思います。
僕が声をかけたら、いつもと変わらない様子で、僕に笑いかけてくれたんです。・・・でも、僕がどんな気持ちで探したのか全然分かってくれてないような気がして、僕は一寸腹を立てていたんです。ええ、莫迦みたいでしょ。でも、その時は本当に。
君は僕のことなんか、ちっとも理解っちゃくれないんだね・・・って言って、詰め寄ったんです。そしたら彼、とても悲しそうな顔をしました。・・・そうですよね、僕が無茶言ってるんだから。・・・・本当に、どうかしてたと思います。
――――――でも、その困ったような、悲しそうな表情がとても綺麗で・・・。他の誰にも見せたくないって思ったんです。
気がついたら、両手で思い切り・・・カヲル君の細い首を絞めていました。
・・・・・凄く・・・凄く、綺麗でしたよ。
彼の膝が・・・がくんって折れて、彼の身体の重みを感じたときに、初めて自分のやってることに気づいたんです。・・・その時にはもう手遅れだったけど。
たぶん僕、その時物凄い声をあげたんだと思います。まだ喉が変だし。
その後、あなたがたに保護してもらうまで・・・林の中を何処をどう歩いてたのか、今は皆目見当がつきません。
僕が殺してしまったんです。・・・・・ただ・・・誰にも・・・誰にも渡したくなくて。
***
惣流アスカ・ラングレーの証言
そうよ、アタシが殺したの。
言い訳するつもりはないけど、そんなつもりじゃなかったのよ。
冷静に話をするつもりだったの。誰にも聞かれないところで。・・・何の話かって?フン、そんなことまで尋く訳?
・・・・・いいわよ、もう。別に、いまさらどうなるものでもないわ。
そうよ、シンジにもうこれ以上逢うなって言ったのよ。知ってたわよ、アイツと莫迦シンジのことくらい。知ってて黙ってたのよ。
アイツの身体がどういうことになってるのか、あれだけ入退院を繰り返したら素人でも察しがつくわよ。同情なんかしないけどね。でも・・・・だから黙ってたわ。好きにしたらいいのよ。どうせあの莫迦シンジなんか、アタシの処しか帰ってくる場所なんか、ありゃしないんだから。
…そう思ってたのよ。そうでも思わないとやってられないわよ。気に食わない奴だけど…それでも、あのことを知るまではいちおう友人だと思ってたんだから!!
その水、寄越しなさいよ。喉渇いたわ。
何処まで話したっけ?ああ、そう。いくら広いからって、家の中じゃまずいと思ったから、外へ呼び出したのよ。…アタシ、アイツらと違ってそこら辺は一応常識あるつもりよ。
あの桜の下よ。そう、あそこ。
あの莫迦、すぐに済む話だとでも思ってたのかしらね。いくら暖かかったからって、コートも着ずに出てきたのよ。もう日が暮れてるっていうのに。それとも、アタシと長話なんかするつもりはないってことだったのかしら?
…そんなことはどうでもよかったわ。話を切り出すまでは冷静なつもりだったの。でも、話をしてて、アイツのとりすました生白い面を見てたらだんだん頭に血がのぼっちゃったの。・・・アイツが静かなもんだから余計にね。
その揚げ句が、一体何て言ったと思う?
『・・・ごめんね』ですって!!
よくもしゃあしゃあと言えたものよね。今の今まで黙ってた理由も、承知してたとでもいうわけ!?
いくらアタシだって堪忍袋の緒が切れるわよ。・・・・あの日・・・莫迦シンジの奴、このアタシがいる同じ家の中で、アイツを抱いてたのよ。こんなのってあると思う!?
胸ぐらを掴み上げて、あの部屋で見たことをアタシがなじったら・・・アイツ、何の弁解もせずにただ目を伏せたわ。全部、諦めたみたいに。何話しても無駄ってカンジでね。
アタシ、思わず「なんとか言いなさいよ!」って揺すぶったの。そうしたらアイツ…桜の根に躓きでもしたんでしょ。急にバランス崩して倒れたのよ。勿論、アタシも倒れたわ。力一杯握りしめてた指が、そうそうはずれるわけないじゃない。
鈍い音がしたかも知れないわね。でもその時は、自分が痛いんで聞いちゃいなかったわ。
アタシがようやく起き上がったときには、アイツもう呼吸してなかったわよ。桜の根元に、そうね、丁度人の頭くらいの石があったの。それにぶつけたみたいね。
石には血がついてたし・・・ふふ、あの綺麗な銀色の頭も、真っ赤になってたわ。
それでも、綺麗だったわよ。
・・・・・そうね・・・アタシ、怖かったのかも。アイツが、シンジの中で綺麗なまま永遠の存在になることが。どういうわけかほっとして、その場で笑っちゃったわよ。
そんなつもりはなかったけど、殺したことには変わりないし・・・そうね、過失致死ってヤツ? だから、こうやって素直に出向いてきてやったのよ。文句ある?
***
同居者・綾波レイの証言
はい、私がやったことです。
でも、カヲル一人死なせるつもりではなかったんです。そうです、私も同じものを飲みました。・・・・・私、助かってしまったみたいですけど。
理由・・・・ええ、たぶんもう察しておられると思いますけど・・・・今度の退院って、べつに良くなったからってわけではないんです。・・・もう長くないから、せめて最期は自宅でって・・・先生が、カヲルの身体が少しだけ落ち着いた頃をえらんで退院させてくれたんです。
詳しいことは、病院で先生に聞いてもらったほうがいいと思うけど・・・もう、処方は鎮痛剤ぐらいしか出てないんです。手の施しようがなくて。鎮痛剤だって、かなり強い薬が出てるってきいたけど、それでもよく苦しんでいました。
見ていられなかったんです。
でも、カヲルが皆にすごく会いたがってたから・・・せめてこの日まではと思ったんです。だから皆が帰ったあと、なんだかほっとしました。
…ひょっとして私、疲れていたのかも知れません。
でも私、結局その日の夜、カヲルにすり替えた薬を渡してしまったんです。
お酒が残ってるから風に当たってくる・・・そう言ったカヲルの後を、私は追いかけました。
カヲルが出ていったとき、私はパーティの片づけものをしている最中で・・・カヲルもどこへ行くとは言ってなかったけど、すぐに判りました。あの桜の下だって。
あそこに、カヲルの可愛がってた猫の墓があるんです。あの子が死んだのも、もう・・・2年ぐらい前の話になりますけれど。ちょうどこんな季節でした。
私が行ったときには、もうカヲルは呼吸をしていませんでした。
桜の幹に上半身寄りかかった格好で・・・・まるで眠ってるみたいでした。そこに行く途中から私、涙が止まりませんでしたけど・・・・ゆっくり冷たくなっていくカヲルの頬に触れて・・・しばらく泣いていました。
どれくらい泣いていたか判りませんけど、その場で自分も飲んだんです。カヲルに渡したのと同じもの、カプセルなんかじゃなくて、そのままを。
でも、吐き出すかどうかしてしまったんですね。気がついたら病院でした。
先生に、なんて莫迦なことをって叱られました。そうですね、莫迦なことでした。カヲルだけ死なせて、私が生き残ってしまうなんて。
でも、ほかの人にへんな容疑がかかってもいけないってことに気づいたから、先生にお願いしてあなたがたを呼んでいただいたんです。・・・私がしたことだって判っていただけたら、それでいいから。
聞いてくださってありがとうございました。
***
第一発見者であり、主治医・赤木リツコ医師の意見書
はっきり言えることは、私が発見した当時、渚カヲルは既に心停止に至っており、綾波レイがすぐ傍らで急性の薬物中毒のため意識不明であったということだけである。
とはいえ、林の中で蹲っていたところを発見された碇シンジの証言通りに、頸部から指の圧痕および爪による微細な傷が見つかっている。ただし、傷に生活反応はなく、死後に付けられたと考えられるものであった。
また、早朝に「自首」した惣流アスカの証言に沿う、後頭部の挫傷・・・および桜の根元に血痕のついた石も発見されたが、傷の範囲は然程大きいものではない上に、CTの結果頭蓋内の損傷も認められなかった。従って、死因から除外して良いと考える。
病院に収容された綾波レイの証言によるカプセルは、当人の体内ではなくズボンのポケットから発見された。本人が何故常に飲む薬(にすり替えられたもの)を飲まなかったかは現状では不明であるが、ともかくも当人が毒物を摂取しなかったことは毒物検査の結果が出れば明らかとなるであろう。
3人の言う時刻はほぼオーバーラップしており、彼らの言を採るなら3人が同じ場所で、同じ時刻に、同じ人間を殺したことになる。しかも、それぞれ異なる状況で。ありえないことである。
いずれにせよ殺したと思い込んだだけであったのだが、それぞれの証言が微妙な点で食い違う事については、各々が当時通常の精神状態でなかった為と考えられる。しかし何処までが事実で、何処からが誤認あるいは作話、ないし虚偽であるのかは、判断がつきかねる。
では、真因は何か。
考えられることの一つとして、当人はこの季節としてはかなり薄着で(アルコールの作用で暑さを感じた為と考えられる)戸外へ出ていた。そしておそらくは、件の桜の下で暫く動かずにいたか、あるいは眠り込んだかして、夜風に長時間晒されていたのである。また当夜、ごく短時間ではあるが霧雨も降っており、彼がその雨に当たっていたとすればその気化熱がさらに彼の体温を奪った筈だ。
その結果として急速に体熱を放散してしまったことによる、一種の凍死を疑うこともできる。
しかしそれが故意か、不幸な事故であるのか、他者に判断することはおそらく不可能であろう。現時点では遺書めいたものは発見されておらず、状況としてはどちらとでも判断しうる材料があるからである。
まず彼は、自身の余命を4カ月ほど前に告知されている。
また、3人のうちのいずれかの行為が、彼に非常に大きな精神的打撃を与えたとしたら。
ないし、いずれかの行為がもたらした一時的な意識低下の間に、体熱の放散が起こって、そのまま昏睡へ移行したとしたら――――――
***
根元に人の頭ほどの石を抱いた、桜の大樹。
石の脇には白い花束が置かれている。
それらを埋めるかのように、薄紅色が降り積もる。・・・音もなく。
あの日、彼の上にも降り積もったように。
―――――――――桜は、黙して語らぬ。
――――――――Fin――――――――
Akino-ya Banka’s Room Evangelion SS
「White Silence」
「桜の下には…」に関するAPOLOGY…..
要するに桜に沈めてみたかった訳だな?
はい。その通りでござりまする。
桜が咲き始める前に是非書き上げておきたかったネタです♪やっぱり桜は夜、月と霧とセットがよろしいかと。
冒頭の和歌は西行法師のもの。有名ですね。 枯れた内容なんですが、実に視覚的に美しいので万夏は好きです。ちなみに「きさらぎの望月のころ」ってのは、お釈迦様が入滅なさった頃のことだそうです。一応仏門の方ですからね、西行法師って。(実はこのくだり、お釈迦様を誰かさんになぞらえるプロットもあるにはあった・・・)
英文サブタイトル「White Silence」は当然「Crimson Silence」と対でございます。あっちが紅葉でカヲル攻、こっちが桜でカヲル受。(そろえてどうする)つまりは、同じように感覚(理屈抜き)で読んでいただきたいなっと♪まかり間違っても「辻褄の合う説明」なんか求められませんように。
相変わらずシンジ君は報われとらんわ、アスカちゃんは扱い非道いわ、レイちゃんは柄にもなく悲観的だわ(万夏個人としては、レイちゃんは生きることにアクティブであって欲しいと思っています。今回はあくまで役者の数の都合ね)、ヘタすりゃカミソリモノですね。でも、周囲に当惑を振りまいてカヲル君ひとり納得して死んでしまうあたり、一寸だけ24話的ですかな♪(爆)
ちなみに、春先に薄着で外にいたくらいで凍死するか?という話ですが、これは実例があるそうです。
今回や@いっ気が足らん、というご指摘もあろうかと思いますが、夜桜の艶に免じてここはご容赦♪(素直に「僕が、さよならを聞いた夜」でくたびれたからだって言えよ)
========================
…というのが、1998,3,19初回アップロード時の言い訳です。
何がやりたかったかというと…「薮の中」なのですね。芥川龍之介。やっぱりこういうネタは短編でさらっとやらないと書く方も読む方も疲れます。成功したかどうかは…薮の中ってか(笑)
それでは皆様、次回まで万夏が正気でいたら・・・・・いや、何も申しますまい・・・・・・
暁乃家万夏 拝