砂礫のアリア
砂礫の地・イェンツォ。シェンロウのもとにアースヴェルテのリヒャルトが運び込んだのは。
「西方奇譚」1の前日譚。どんなふうに繋がるかは読んでのお楽しみということで。
「奇譚」の約1~2年前で、シェンロウ存命の頃のお話。残酷描写が苦手…という方はそもそもここにおいでになりますまいが、一応注意喚起をば。ま、万夏の書く話ですから…
「…なにもしやせん。剣は措け」
そう言ったところで、この状況で賊と変わらぬ風体の男が近寄ってくれば警戒するなという方が無理だろう。
半身を起こしたまま、身を硬くしている。だが、昂然と上げた面に怯えはなかった。
ただ、力が入らないのか、投げ出されたままの片脚。擦れた傷だけでなく、腫れ始めていた。転落したときに傷めたのだろう。逃げるはおろか、立ち上がることも難しい筈だ。
だから逃げなかった。逃げられないなら、身を汚しても確実に敵を仕留められる瞬間を狙った。
――――暗殺者の手管だ。
同業者かとも思ったが、リヒャルトはそれを即座に否定した。
砂礫のアリア Ⅰ
悲鳴、怒号、木箱が壊される音。刀槍の音もわずかに聞こえる。まだ、誰かが抵抗しているのだろう。 隊商を襲った賊が、積荷を劫掠しているのだ。 しかし、自分にはどうすることもできない。崖道から滑落した時に、おそらく木の枝に挟むかどうかして捻ったのだろう。足首が不快な拍動痛を主張していた。
砂礫のアリア Ⅱ
少年は、シェンロウが与えた杖で少しずつ歩き、程なく傷の回復もあって屋内は問題なく歩けるようになっていた。病臥にも飽いだか、よく倉庫へ行っては蔵書を捲っていた。
砂礫のアリア Ⅲ
「…そいつ、ここに連れてくるのか」 ある日、リヒャルトの腕…正確に言えばもう痕だけになってしまった腕の傷を見ながら、アーニィがふと訊いた。 どこから聞いたのものか…この人の好い瓜坊はこの傷をすこし気に掛けているらしい。
胡琴啾啾
「砂礫のアリア」拾遺譚。サーティスやや壊れ気味です。
登場人物(砂礫のアリア)
シェンロウ | アースヴェルテの「組織」で後方支援を担う人物。 昔は、虎の沈琅と呼ばれていたが、現在は西方の小都市イェンツォの郊外に居を定めて医業を営む。大陸暦以前の世界の記録を託されているが、解明には至っていない。 |
リヒャルト | アースヴェルテの「組織」で現役の中では特級の切り札とされる男。ただし素行不良。 通り名は「怪狼リヒャルト」。 |
サーティス | リヒャルトが助けた少年。 |
アーニィ | ルフトシャンツェの岩陰に棄てられていた孤児。 後継となるべくリヒャルトに預けられ、修練を積んでいる。 後のツァーリ衛兵隊第三隊長エルンスト。 |
コンラート | アースヴェルテの長、「世界蛇コンラート」。 戦傷により足が不自由。孫にカッツェ。 |