加速された景色

以下のSSは 万夏がチャットで「やおいな悩み相談室7と12」をノベライズしましょう!と大上段振りかぶった末に挫折、3カ月近く凍結されていた代物です。
ノベライズというよりは、相談室の内容を踏まえて貰った上での一本、という体裁になっております。
ねこていん様 遅くなって本当にごめんなさい<(_ _)>
1998.6.8

暁乃家万夏 拝

もう、優しいだけの人ではいられないのに。


Akino-ya Banka’s Room Evangelion SS 
「missing」

加速された景色


 加持は助手席できちんとシートベルトを締め、前だけを見つめている少年の横顔をちらりと見た。
 白い頬はこころもち蒼ざめてはいるが、まだ泣きはしない。・・・否、今日は泣くことさえもできないかのようにも見えた。
 退勤直前、ふらりとまた部室に現れたカヲルを、加持は車に乗せた。
「送ろうか」という言葉で。
 カヲルは頷きだけでそれに応え、促されるままに乗った。
 ひどくぎごちない動作。動かない表情かお。あの時と同じで、何も言おうとしない。・・・加持もあえて尋こうとはしなかった。
 静寂を避けるように、ドアを閉めると殆ど同時にエンジンをかけた。・・・・カーステレオからジャズが流れ出し、とりあえず二人の間に音を置く。
 ――――――三度目があったら、多分もう抑制がかからない。そう思い、厳しく自戒した矢先のことだった。

***

 二度目に彼が涙を溜めて園芸部の部室に現れたとき、加持は自分から抱き寄せ、その唇を塞いでいた。
 衝動に流されたといえば、否定はできない。
 涙を落とす場所が必要なら、そうさせてやればいい。だがそれだけで終われない自分を、加持は呪った。
 肌を寄せることでしか安寧を得る術を知らない、一見大人びた子供。おそらくそれは、彼が与えられなかった存在の承認を歪んだ形で求めようとした結果だ。
 そして彼自身は、それに気づいていない。
 気づかないまま、刹那の温かみに縋ろうとしている・・・・・・。
 それを教え諭す責任は、加持にこそあったはずだった。・・・だが、「一度だけ」が仇になった。
 腕の中におさめてしまえば、突き放すことなどできはしないのだ。
 ――――――あの日、蒼白な顔で立ち尽くす彼に声をかけた時点で、半ば道を踏み外していたのかも知れない。
 およそ彼には不似合いな、雑然とした園芸部の部室。言われるままに椅子にかけ、ただ茫然と湯飲みから立ち上る白い文様をその紅瞳に映した彼に、いつもの・・・いっそ飄々とした雰囲気はなかった。
 入学した時から、目立つ存在であることは確かだった。
 成績は優秀、容姿はかくの如し。クラスの中でも人気があり、教師間でも評判がよい。・・・およそ与えられないものはないように見えるのに、不意に見せる寂しげな表情が気にはなっていた。
 何の問題もない家庭など存在しないが、彼、渚カヲルの家庭事情は一般のそれよりかなり複雑だった。・・・しかし学校でそれを窺わせるような言動をすることは一切なく、完璧な「良くできた生徒」であり、また「気さくなクラスメート」であった。
 それを支えていたのが何であったか、加持は初めて知った。
『・・・・・・・・つらかったら、泣いていいんだ』
 多分それが、彼が一番必要とした言葉。
 加持の言葉は決して憐憫から出たものではなかった。外見的な完璧さは、それを裏打ちする勁さを必要とする。その勁さは、決して独りで培えるものではないのだ。
 肩が僅かに震え、数秒遅れて白い頬を涙が滑り落ちた。
  泣きながら縋りつく肩を常識論で引き離す程、加持は言辞に長けてはいない。こういうかたちで他人に縋ることは、きっと彼自身を後で苛む筈なのに・・・それすらも振り捨てるようにしがみつく腕の震えが、せつなさを伝えていた。
 戸惑いはあったが、受け止めるしかなかった。
 一度だけ。そう思って受け止めた。・・・・そのつもりだった。

***

 加持の膝の上で、白い背が撓った。
 おさまりの悪い長髪に絡められた指が引き攣り、腰の両側についた膝が震える。
「・・・・ぁ・・・・ぁっ・・・!」
 細い苦鳴が途切れた、一瞬。
 苦しげに寄せられていた眉が和らぎ、ゆっくりと身体が弛緩してゆく。
 膝の力も抜けてしまい、細い身体が沈む。とどめを刺すかのように襲った感覚に、カヲルがちいさく最後の声を上げた。
 回された腕がするりとほどけ、端正な唇の間から苦鳴の代わりに穏やかな吐息が漏れた。
 ――――――――夕刻をとうに過ぎて、部室には宵闇がしのび寄っていた。
 泣き腫らした頬を加持の肩に寄せたまま、疲れ果てて眠るカヲルを、加持はそっと古びた長椅子に横たえた。
 身の裡から突き上げる衝動を、加持はようやくのことで抑え、身体を離した。
 白い腕が、失った体温ねつを求めて伸べられる。堪らなくなって、加持はその手首をとらえた。
 空いた手で、涙痕鮮やかな頬をそっと撫でる。暖かい手の感触をもっと得ようとしてか、カヲルは僅かに頭を動かした。その動きで唇の端が加持の親指に触れる。躊躇いもなく、紅唇が親指を含んだ。
「・・・・んっ・・う・・・・」
 指を含んだまま、カヲルが呻いた。膚を桜色に染め、軽く目を閉じたまま、喉をこころもち反らせる。
 指先をなぞる舌の感触に、加持は眩暈に似たものすら覚えた。知らず、親指の根元までが埋没する。その部分にも、薄い舌が絡みついた。
 鳥肌が立つような感覚に捕まりそうになり、思わず指を引き抜く。
 カヲルが潤んだ目を薄く開き、腕を伸べた。乾いた喉から漏れる声は、掠れている。
 言葉で応えるかわりに銀色の髪にそっと手を置く。
 カヲルが、安らいだように目を閉じた――――――――。
 新たな衝動をねじ伏せながら、加持は長椅子を離れた。
 そして、穏やかな寝息を立てているカヲルに衣服をかける。
 起こして、家まで送っておくべきだったのかもしれない。だが、加持はそうしなかった。・・・・というより、できなかった。
 ――――――――つかまってしまうことが、怖くて。

***

 距離をおいていられる間は、涙を受け止めることも苦痛ではなかった。
 泣くための場所を求めているのは分かっている。だが泣くためだけの場所であることが、辛いと感じるようになったら―――――――。

***

 ―――― 信号を待つ間の沈黙。
 二人とも車を発進させた時から口をきいてなぞいなかったのだが、停車して低くなったエンジン音が、不意の沈黙を投げかけたようで気まずい。
 気まずいと思っているのは自分だけかもしれない。加持はそんなことを考えた。
 ただ、泣くための場所が必要だっただけだ。それ以上じゃない。
 理解っているはずのことを、心の裡で繰り返す。そうでもしなければ、振り切った筈の気持ちが鈍る。
「――――――どこで停めたらいい?」
 信号が変わる。車を発進させながら、努めて穏やかに加持が問うた。
 カヲルが肩を僅かに震わせたのがわかったが、即答は返ってこなかった。
「カヲル君?」
 4速まで上げた所で、もう一度問う。視線をやって、ぎくりとした。
 紅瞳は、零れる寸前の涙を湛えていた。
「・・・・て、ください・・・」
 エンジン音と、カーステレオのジャズピアノに紛れて聞こえない。
「・・・・なんだい?」
 ボリュームを絞って問い返す。不意に、カヲルの声がつり上がった。
「停めないで! このまま行ってください!!」
「カヲル君・・・・・」
「・・・・お願いだから・・・・!」
 膝の上で震えている拳に、水滴が落ちる。
「・・・・・・」
 何も言えなくなり、加持は口を噤んだ。
 あと信号二つで、カヲルのマンションは通り過ぎてしまう。
 どちらかが赤だったら、あるいは停めることができたかもしれない。しかし、信号は加持にその機会を与えなかった。
 アクセルを踏み込む。加速された景色が流れ、消える。
 ―――――――消えていく。

***

――――――――Fin――――――――


Akino-ya Banka’s Room
Evangelion SS 「missing」

「加速された景色」に関するAPOLOGY…..

まごうことなき言い訳

 すみません、完全に万夏テイストに焼き直しております(^^;;おまけに時間の前後関係がひどくややこしくなってしまって、またもや「感覚で読んでください、感覚で!!」的シロモノになってしまいました。
 どうしても、シンジ君の影が薄いですね(^^;;(名前すら出なかった)加持さんもそっちはほとんど気にしてない様子・・・いいのか!?
 カヲル君は泣く場所を求めて縋っているけど、縋られる方はたまったものじゃありません。本気になったらまずいと判っていて、それでも引きずられてしまう加持さんに・・・合掌。
 タイトルと冒頭の科白は多分に漏れず某氏のCDより。「SWIMMER」収録の「加速された景色」です。
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…というのが、1998.6.8初回アップロード時の言い訳です。
当時はチャット花盛りで、夜な夜な方々のチャットに入り浸っては煩悩話に花を咲かせたものです。そこでいろいろなご縁も生まれましたし、与太話からSSも書きました。
実は、このSSが成立した前後の経緯がきれいに散逸しておりまして…どういう話を下地にしたかが残っていないのです。…だもんで、加筆修正も躊躇われて原文ままupということになりました。
…これだけ読むと、加持さん非道いなぁ。
2018.7.11

暁乃家万夏 拝