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何故、こんなに綺麗なんだろう。
白い膚の上に咲いた、ちいさな紅い花のような突起に唇で触れ…丁寧に舐めてから軽く歯を当てる。そうすると、秀麗な眉がただ微かに顰められるのだ。それを視界の隅に捉えながら、シンジはぞくりとするような愉悦を感じた。
カヲルは奇跡のように自分の傍に居てくれる。そして望みに応えてくれる。それだけで目が眩むほどに幸福だった。
つまらない嫉妬に狂って非道いことをした。去られて当然だった。それは解っている。
ひょっとしたらただの邪推だったのかも知れない。ひとりで勘違いして、熱くなって、挙げ句が殺しかけたのだ。普通なら、戻ってこない。それどころか、司法の手に渡されても文句は言えない凶行だった。
それでも戻ってきてくれたことに、一緒に居てくれることに、まだ甘えて良いのだろうか。シンジは迷う。
迷いながら、更に狂う。
自分が一方的に快楽を享受しているのではないかという恐怖は、常にある。顰められる眉は、苦しげな息遣いは、紛れもない苦痛の結果でしかないのではないかと怖れながら、それでも狂わずにいられない。
カヲルは、それに関して全く答えを与えてはくれないから。
だが、最近になって…何かが変わり始めている。
綺麗な横顔。柔らかな微笑。それは何一つ変わらないのに、どこか逸れていく感じがする。傍に居て、微笑んでくれるのに。抱き締めて、キスしたときに…少しだけ、甘い声を聴かせてくれるのに。
そのすべてが、自分をすり抜けて他の誰かに向けられている気がする。
いつもと同じに綺麗で、優しい。でも、何処か遠くを見ていて…時折、シンジの話を少し聞き落とす。約束にも曖昧に頷くだけ。
もっと笑顔を見せて。逸らさないで。
哀しくなって、シンジは抱く腕に力を込めてしまう。そうすると、紛れもない苦鳴があがる。
僕を見て。声を聴かせて。
声が届かない。行為が苦痛でしかなかったとしても…それさえも自分が与えるものでなく、カヲルにとっては何か…不可避の災厄で、カヲルはただ過ぎるのを耐えて待っているように見えて、哀しくなる。
カヲルが透明になっていく。
腕に抱いていても、指の間からカヲルが砂のようにすり抜けていってしまうような…。
だが。…いや、だからこそ。
もっと笑顔を見せて。逸らさないで。僕に声を聴かせて。
たぶんこれは、まえぶれだから。
離れてゆく。この綺麗なひとが、僕から離れてゆくまえぶれ。
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