砂漠の夜は、日中とうってかわった極寒の世界となる。
しかしこの砂漠最大のオアシス、シルメナの国都メール・シルミナの中央部、そして王城となると…水と緑に溢れているために然程強烈な気温差は発生しない。だが耳を澄ませば、凍てついた砂漠で風塵があげる、寒々とした咆哮が聞こえてくる。
歴代のシルメナ王の中には、両手はおろか四肢の指でも数えきれぬほどの寵姫を持った王もいたというが、即位したばかりの現国王ルアセック=アリエルに関しては、レーダ大公時代からの正妃パラス・ミュネリーのほか、妻妾と名のつく女性の影はなかった。「シルメナの銀狐」ルアセック・アリエルも身持ちは堅かったといわれる所以である。かつて王妃以外の妻妾を住まわせたと言われる王城内の一郭…世が世なら後宮と呼ばれたであろう場所のほとんどは、このところ住む者とてない。
このため数代前から国王の住まいとその周囲は仕切られて内苑とされ、それ以外の場所は外苑と呼ばれる王室の客をもてなす場所として用いられてきた。
いつもは人声の絶える外苑も、先王の葬儀・新王の即位といった国事に伴い何組かの客を迎えた。公的な客から私的な客までいろいろであるが、公的な客についてはともかく、私的な客については使用人にも身分が明かされぬことも珍しくはなかった。
儀式は半月に及んだが、付随する神事のすべてに客が出席するわけではないから、即位式が終わると客人達の姿も減っていった。
そして一連の儀式がすべて終わった日、残っていたのは二組ばかり。一人は竜禅人と思しき黒髪の男。もう一人はシルメナ人であろうと思われたが、異国の童女を伴っていた。互いに知己らしく、お互いの房を行き来しているようだった。
――――その夜、神殿は祝宴の最後の夜とて一際賑やかであった。
対照的にひっそりとした王城の外苑に、その夜だけ新国王の命でもう一部屋が用意され、饗応の準備がなされた。しかし、奇妙なことに国王自身がそこを訪れたほかは、誰も来た様子がなかったという。…誰も案内を乞われなかったのだ。
国王本人が私的な宴だからと侍者さえ退がらせていたから、その客人の姿を見たものは誰もいなかった。一時内苑に仕える者の間で噂になりはしたが、その後に何が起こるわけでもなかったので、結局噂のままに霧消したのである。
風塵夜想曲