Merry Christmas,Dear・・・・
Akino-ya Banka’s Room
Evangelion SS 「Silly Talk on Christmas Night」
聖夜
明かりを落としたリビングの中央で、クリスマスツリーが浮かび上がっていた。
色とりどりのライト、サンタやリース、ベルやくつしたといったオーナメントだけでなく、パーティで派手に鳴らしたクラッカーの紙テープまで飾られたツリーも今はただ静かに佇むだけ。
子供たちは疾うにベッドへ追い立てられた後の、午前零時。
明滅するライトに、頂上に飾られた銀の星が浮かび上がっては消える。そんな様を、タカミはソファに深くかけてぼんやりと見つめていた。
同じように浮かび上がっては消える、窓のスプレーや天井のモール。人手には事欠かないこの“家”のクリスマスパーティは、毎年ながら飾りつけが賑やかである。
確か喉の渇きを覚えて水を飲みに来たのだが、暗い中で瞬き続けるツリーに何とはなく気を引かれ、飲み残したシャンペンとグラスを出してここへ落ち着いてしまった。
年中行事以上の意味を見いだすことが出来るほど、タカミも子供ではなくなっていた筈だが・・・・・何故ともなくその暖かな光に惹かれた。
だが、廊下を歩く音とそれがリビングへくる事に気づいて、タカミはゆっくりと目をあけた。
足音で、大体見当がつく。
「・・・・! と、タカミか。何やってんだ、こんな暗がりで」
聞こえてきた声は予想通り。だがタカミはそちらを見ないままに、ゆっくりと言った。
「明かりはつけないでください・・・サキ。この方が綺麗ですよ、ツリーって」
「そりゃそうだろうが・・・・何、お前酔っ払ってんのか?」
スイッチから手を離して、サキが驚いたように言った。
「酔うわけないでしょう、シャンペンくらいで」
そうは言ったものの、タカミの頬はかすかに上気していた。
「あ、こいつ一人が宴会なんか始めて・・・・」
「飲み残しを処分してるだけですよ。気が抜けちゃうと美味しくありませんし」
「ものは言いようだな」
笑って、キッチンに入ると冷えたマスカットサワーの缶をグラスにあけて戻ってきた。
「一人で酒なんて、不健康極まるぞ」
そう言って、グラスをタカミの額にあてる。
「・・・・くれるんですか?」
「莫迦言え、未成年にゃ早い」
少し眠たげなマラカイトグリーンに見つめられ、サキはグラスを慌ててひっこめた。
「あなただってほんの少し前まで未成年だったくせに」
「・・・・やっぱり酔ってるな、お前」
苦笑して、一口含む。飲みつけた酒に比べればジュース同然とは言え、胃に落ちた後の熱さはやはり心地好い。
薄闇の中でより明らかになるマラカイトグリーンが、明滅するツリーをじっと見つめていた。
何も言わないタカミと、グラスの中の淡いグリーンを見比べ、ふとサキが悪戯っぽく笑う。
「・・・・・飲むか?」
「・・・え・・・」
タカミがいるともいらないともいわないうちに、サキは行動を起こしていた。
目を開けようとする前に、唇をふさがれて一瞬息を詰まらせる。合わさった唇から、サワーが流れ込んだ。
さすがにタカミの手が浮いて、顎を捉えたサキの袖を掴む・・・が、結局滑り落ちた。
サワーにことよせて触れた唇を思うさま賞玩して、そっと離れる。いつもの憎まれ口か、苦情を予想しながら。
だが、タカミの唇から漏れたのはそのいずれでもなく、静かな吐息だけだった。
「・・・酔っ払ってるんじゃなくて、単に元気がないだけか?風邪でもひいたんじゃあるまいな」
顎から頬、頬から額へ指を滑らせ、栗色の髪をかきあげる。
「別に・・・・」
「・・・ふうん・・・」
もう一度唇を重ね、先刻よりも深く絡める。タカミがかすかに呻いたのが分かった。
それには構わず上体をソファの背に押しつけながら、襟元を緩める。
緩めた襟元に唇を移し、シャツの裾を引っ張り出しても、拒絶する様子がない。部屋の中ならともかく、いつもならこんな場所では不用意に触れられることすら嫌がる癖に。
何を無理してるんだ?と問いかけようとして、サキはやめた。・・・・不粋極まる。
色とりどりに明滅するライトの光を受けて、陰影を変えてゆく胸を舌先でなぞる。微量とはいえ飲みつけないアルコールの所為か、帯びた熱は常よりも高い。
暖房が切れたあとの、かすかな灯油の匂いに混じって静かに部屋に満ちる芳香は、誰かが裏手の花壇から切ってきた、少し早い水仙か。
少しずつ追いつめられてゆく呼吸の合間で、漏れるかすかな声は掠れていた。
緩めた服の間から滑り込ませた指先で、熱を探る。
「・・・・っ!・・・は・・・っ・・・・」
鋭敏な部分にまで指先が及び、加えられた刺激に身体を撓らせても、その唇が拒絶の言葉を載せることはなかった。
しかしそのぞくりとするような艶に、自身のブレーキが効かなくなることを憂えたサキがついに口にした。
「・・・どういう風の吹き回しだ?・・・俺としちゃ嬉しい限りだが、お前がそんなだと、何か悪いことの前触れじゃないかと不安になる」
「・・・どうして?」
既に肩で息をしていたが、口調そのものは至って平静。別段自棄になった様子もないし、酔いの熱さに身を預けている風もない。
「あんまり煽るなよ・・・ったく、怖いな」
この際気まぐれでも何かの間違いでも構わない
シャツを滑り落とした肩をソファに横たえ、もう一度唇を重ねた―――――――。
*Silly Talk on Christmas Night*
サキ、何歳までサンタクロースって信じてました?
さて・・・どうだったかな。ミサヲが3歳の冬までは真剣に靴下吊ってたような気がするが。
そういうお前はどうなんだ?
あんまり夢のない話ですけどね、サンタクロースって言葉を知る前に、
そんな人いやしないんだってことを知ってしまったんですよ。
ま、がっかりせずに済んだらそれでもいいんじゃないのか?
そうですか?僕は何だか凄く損をした気になりましたよ。
損?
だって、素敵なことじゃないですか。
サンタクロースがいるってことがか?
救い主が生まれた夜に、神様が贈り物をくださるってことがですよ。
僕はChristianじゃありませんけどね。
そんなもんかな。
僕は、そう思いましたよ・・・・・。
*Silly Talk on Christmas Night*
まだ少し喉をわななかせて、それでもゆったりと戻っていくタカミの息遣いを耳元に聴きながら、サキは自分の鼓動が収斂していくのを感じていた。
タカミの腕が、するりとほどけてソファの下へ落ちる。そのかすかな音で、サキは初めてタカミの腕が背に回っていたことに気づいた。
「・・・そういえば、まだ言ってなかったな」
「・・・・え・・・・?」
「大学推薦決定おめでとうってこと」
すこし身体を起こして、軽く口づける。
「・・・そのことなんですけれど」
タカミは、軽く吐息した。
「やっぱり、ここから通うことにします」
意外な言葉に、少し驚いたようにタカミを見る。
「少しでも早く、ここから出たいんじゃなかったのか?」
「そう思っていました・・・でも・・・」
言い淀んで、タカミもまた身を起こす。僅かに袖が絡むばかりであったシャツをはおり直し、二つばかりボタンをかけた。
「・・・“でも”?」
タカミが腰を浮かせてリビングテーブルの上のグラスに手を伸ばす。しかし手にかかったのは淡いグリーンを湛えたグラス。
「こら、それは・・・」
制止するいとまもなし。だが、一口含んだ途端に噎せた。
「あーあ、何やってんだ」
笑いながら、グラスを手放したタカミをその背から抱き寄せる。背中からくるみこまれるような格好であったが、特に抗いもせずにおとなしく身を任せる。
「さっきは飲ませた癖に」
「そういうこともあったかな。・・・で?」
「・・・・・皆がね、すごく喜んでくれるんです。進学のこと」
「あたりまえだろ」
「・・・・そうですか?・・・・」
「おいおい・・・」
「・・・・僕は、少しでも早くここを出たくて、飛び級までしたんですよ。・・・逃げ出そうとしてた・・・・」
サキはそれには何も言わず、ただ包み込む腕に力をこめた。
「ここから出たって・・・逃げられるわけじゃないんですよね。どこにいたって、Angel-11の刻印はついて回るのに・・・・それなのに、こんな暖かい場所から逃げ出そうとしてたのかと思ったら、自分がひどく情けなくなったんです」
「・・・まだ、責めてるのか?」
「いいえ・・・・」
タカミが笑う。
「・・・・・さっき、話しませんでしたっけ。神様からのプレゼントの話」
「ああ・・・」
「・・・・うまく言えないんだけど・・・とても大切なことが分かったような気がしたんです。自分にとって大切なもの・・・とか・・・・自分のいる場所・・・とか・・そんなこと」
「それが、“贈り物”か?」
「Christmasには相応しいでしょ」
「成程ね」
サキは内心で吐息する。成程、パーティの最中、妙に静かだと思ったら・・・そんなことを考えていたわけだ。
「思い込みでも幻想でも構わない。・・・それで、ぐだぐた悩まずにすむんだったらね」
「・・・つくづく老成してるな」
無邪気なことを言うと思ったら、急に冷めてみせる。こういう奴だと分かっていたつもりでも、そのギャップには時々惑う。
「ま、なんにせよ、ふっきれるのはいいことさ」
顎を捉えられて、タカミがたじろぐ。
「・・・・一寸、サキ!?」
「ここまで誘っといて、何を今更」
やっぱり喋らせたのはまずかったかな、とサキは内心ひとりごちた。すっかり醒めてしまっている。
「誰が誘・・・・っ・・・」
口づけたときの反応が、先刻とは全く違って硬い。
タカミが肩で息をしながら、サキの胸を突いて身を離した。
「・・・悪いことはいわん、大学に行っても酒だけは飲むなよ。どうもお前、アルコールがはいると艶っぽくなって困る」
ソファの背に顔を伏せて、上下する肩に向けてサキがしみじみと一言。だがそれに対するタカミの答えは少し小さくて、聞き取りにくかった。
「・・・酔っ払ってなんかいませんったら・・・・」
「・・・・何?」
「・・・・おやすみなさい」
立ち上がりながらの、先刻とは明らかに違う言葉に苦笑しながら、サキはタカミを見送った。
「おやすみ」
だがドアの閉まる音を聴いた時、置いたままのグラスにふと気づく。
サキは天井を仰ぎ、それから頭をかいた。そのままにしていたら、ミサヲあたりには事が筒抜けだ。この場合、証拠隠滅は自分の責任ということになる。
立ち上がり、グラスに残った淡いグリーンをあおる。もう一つのグラスと、空になったシャンペンの瓶を持って、キッチンへ入った。
「・・・・ったく、ありがたいクリスマスだよ」
――――――――Fin――――――――