pallet 【名詞】
1 わら布団.
2 (1)(床架やばねのない)粗末なベッド.
(2)(地面や床に敷いた)間に合わせのベッド.
※運搬用の荷台や枠組みもpallet。
油絵や水彩画を描く際、絵の具を溶いたり調合したりするために用いる板の場合、綴りはpalette。混用されることもあるらしい。
「NO APOLOGY Ⅴ」
冬の街は、イルミネーションが華やかだ。
木々には迷惑なことだろうが、通りの至る所で街路樹にランプが巻き付けられ、色とりどりの淡い光を放つ。
統一された意匠のもとに、街に一幅の画を描くかのように広がるものがあれば、ただ雑駁に市販のオーナメントを並べているだけのものもある。色も多ければよいというものではない。淡いブルーの光だけで、呼吸を呑むほど美しい空間を作り出していた小さな屋上庭園を通り抜けた時には、思わず暫く立ち尽くしてしまった。
「…今度は、レイと来ようかな」
庭園の美しさに目を奪われて暫くぼうっとしていたような気がする。カヲルは頬を刺すような寒気にようやく我に返り、マフラーを巻き直して歩き出した。
レイは今夜、お馴染みのメンバーで泊まり込みの勉強会だったが、早々に推薦入試で行く先を決めてしまったカヲルは、トウジやケンスケ達からやっかまれて締め出しをくった格好なのだった。…半分は、別に用事があった所為だったが。
もうすっかり暮れた空から、ちらちらと白いものが舞い始めていた。
―――――今更…神の加護を望めるほど、この地上は清くない。
そんなことを…雪が降りしきる降誕祭の曇天に向けて嘯いたのは、たった2年ほど前のことだ。
神の加護はなくても、地上に楽園はあるし…ひとは生きて行ける。そんなふうに思うことが出来るようになったことに、カヲルは少しだけ驚いていた。
あの頃は、自分自身を含めて地上のすべてのモノが厭わしく感じていた。ただ、レイを護りたかった。それが叶うなら、世界も、自分自身さえどうなっても構わなかった。
何を見ても、何を聞いても心を動かされることなく…況して、今日のように何かに見惚れて足を止めるなどということは思いもよらなかったのだ。
ただ、あの時だけは。
やはり冬。降りしきる雪の、苦しいまでの白さの中。コンクリートの無機的な暗灰色も、遠くの景色も、すべてが白で覆われ…空を覆う鉛色の雲さえ、降りしきる雪で見ることはかなわぬ。天も地もただ白だけに埋め尽くされ、音すらも隔絶した世界。ただ淀んでいない空気を吸いたくて出たビルの屋上で、その光景に出会った時。カヲルはその白い世界に誘われるように雪の中に歩み出ていた。
そして、雪の褥に倒れ込み…そのまま白い世界に埋もれた。
何を思っていたのか、何がしたかったのか。今となってはよく憶えていない。あの程度で凍死できるような身体ではないことは理解していた筈だが、あの時はただその白の中に溶けていたかった。
結局、加持に見つかって部屋に連れ戻された時には、籠に放り込まれる鳥の気持ちがわかった気がした。
加持にしてみれば、自殺未遂を疑ったに違いない。だが、その時のカヲルはただ、安寧の中から引きずり出されたことに少なからず怒りを覚えていたのだ。
理不尽な怒りといえばそうであっただろう。しかし、その時のカヲルは加持以外にぶつける先を持たなかった。
さもなければ、ぶつける先は…そんな時でさえ刹那の快楽に縋ってしまう、自分自身でなければならなかった筈だ。
この雪の所為だろうか。埒もない思考に囚われそうになっているのに気づいて、カヲルは頭を振った。そしていつの間にか止まっていた足を、家路に向ける。
***
通りから見たマンションの窓は、暗いままだった。
カヲルはかすかに眉を顰め、エントランスを足早に通り抜ける。エレベーターを待つ間も、乗り込んだ後も、ただ立って待っていなければならない間、その指先は少し苛立つように壁や組んだ腕を拍ち続けていた。
扉の前で一旦立ち止まり、インターフォンを鳴らそうとしてやめた。すぐに鍵を差し込む。オートロックなのだから鍵が掛かっているのは当然として…。
暗い室内に灯を点けてまわりながら、カヲルは留守居をしているはずの人物の姿を捜した。
「…っ!」
余程、声を出してその名を呼びそうになったその時、シェードが全開のままのリビングにその姿を見つけて、声を呑み込む。
タカミはリビングの長椅子で身を横たえていた。肘掛けに縋っていた姿勢からそのまま眠ってしまった様子が目に見えるような格好ではあった。見れば、キッチンのカウンターでは抽出の終わった珈琲が手をつけられないままコーヒーメーカーの中で保温されていた。
カヲルはやれやれといったふうに吐息して、マフラーと脱いだコートをハンガーへかけた。
起きたのはいいが、珈琲が出来上がる間を待てずにまた眠り込んだらしい。カヲルとレイが出る少し前にふらふらしながら帰ってきて…少し眠らせてとそのまま自室に転がり込んだのが確か今朝、9時過ぎ。そこからどのくらい眠ったものか判らないが、おそらくその前に少なくとも30時間近く働き詰めだった筈。
「無茶するね、まったく…」
部屋は南向きであったが太陽の恩恵を離れて久しく、冷え切っていた。エアコンを入れて窓のシェードを下げる。
エアコンの低い唸りを聴きながら、カヲルは保温されていたポットをコーヒーメーカーから外した。
長く保温されていたことでやや香気を損なっていたとはいえ、部屋が暖まる間、温かい珈琲は外を歩いていて冷えた身体を温めるには実に有難い。カヲルは戸棚を開けて取り出した瓶の中身を珈琲に足し、香りを補ってから、マグカップに注ぎ分けた。
その恩恵に浴しながら、ふと気づいて灯が点いても眠っているタカミの頬に触れた。…冷たいとは言わないが、かなり体温が下がっている。
「これだけ寒くなったら普通、…目が覚めるよね。全く、手が掛かるんだから」
外を歩いてまだ少し冷えたままの掌をタカミの首筋に当てる。…一応、脈はあった。
「こんなとこでいつまで寝てるの!凍死しちゃうよ!?」
声と、首筋に当てられた冷たい手と、どちらで覚めたものかは判らない。だが、タカミはひゅっと大きく呼吸して、盛大に咽せこんだ。それが落ち着いてから、のんびりとカヲルを見上げる。
「…おや、おかえり。カヲル君」
「…ただいま」
他に言いようがなくて、カヲルはとりあえずそう応えた。一瞬、また妙なものに引っ張られて人事不省に陥っている可能性を覚悟しただけに、至って暢気な返答に思わず意趣返しをしたくなる。
「…ふうん」
カウンターの上にマグを置く。長椅子に身を横たえたままのタカミの上に伸し掛かるようにして、カヲルは敢えてやや酷薄な笑みをした。そしてその頬から顎の線にするりと指を滑らせる。
「そーいえば…今までこの距離であんまりまじまじ見たコトってなかったよね。言われてみると、確かに似てるかな。髪と…虹彩の色を別にしたら…」
「…カヲル君?」
まだ確と覚めた訳ではないようだが、微妙な空気の違いには気づいたらしい。顎を捉えられて、タカミがわずかに身を震わせた。
「こうしてると…自分で自分を襲ってるみたいで、変な気分になりそうだねぇ」
「カヲル君!?…ちょっと待っ…何、舌舐めずりなんかして…っ…」
制止を試みる声が裏返りかけたとき、カヲルの唇がその台詞を最後まで声にするのを遮った。
身を捩り、カヲルのセーターの袖を掴みはしたが、腕を払い除けるほどの力はなかった。喉奥でかすかな苦鳴を上げかけたのは判っていたが、委細構わず絡めた舌先で苦鳴ごと吸い上げる。
あるかなきかの抵抗が影を潜めかけた一瞬で、ようやく離れる。無論わざとだ。
「少しは温まった?」
目一杯意地の悪い笑みを浮かべて、カヲルが問うた。荒れた息を整えるタカミの頬はわずかに紅い。
「…温まるもなにも…カヲル君、ひょっとして機嫌悪い?」
「別に…」
身体を離す瞬間にふわりと嗅覚をくすぐった、家のものとは違う石鹸の香り。妬心に似たものにかすかに胸を咬まれ、カヲルは自身の完全無欠な邪推に苦笑する。
「えらく上品な香りさせてるじゃない。帰ってくる前にシャワーでも浴びた?」
その苦笑をマグカップから立ち上る湯気で隠して、タカミにもう一つのマグを差し出した。
「あまりにも眠くて途中で倒れそうだったからね。ああ、どうもありがとう…とりあえずうちに辿り着くまで眼を覚ましとかなきゃと思って、研究室のシャワー室を借りたんだ」
本来自分が淹れていた珈琲に、莫迦丁寧な礼を述べて受け取る。しかし、一口含んで顔色を変えた。
「カヲル君?…レイちゃんが居ないからって、留守事は駄目だよ。今までにもさんざっぱら叱られてるよね?」
「…へぇ、判るんだ」
カヲルがくすりと笑って、何事もなかったようにマグカップの中身を飲み干してしまう。
「呑まない人間は判るものなんだよ。まったく、いつの間にうちの戸棚にこんなモノいれてたんだか…あ、さては!」
タカミがカウンターの上にまだ出したままの瓶を睨む。
「まったくあの人ときたら…下戸と子供しかいない家になんて土産を置いてくんだか…!」
「自分が来たときのためじゃない?」
「最近は滅多に寄りつかないのに?…今度ケーキ焼くときに全部使っとこう」
「勿体ないなぁ」
「カヲル君!」
「嘘だって。今日のはたまたま。タカミが冷たくなって寝転がってるから気を遣ったつもりなんだけど」
「それについては、本当に面倒掛けて申し訳なかったんだけど…」
少しきまり悪げに、タカミが調子を落とす。
「シミュレーションがどうしても途中で止まってしまって…原因を捜すのに結局一晩かけちゃったから…」
カウンターに凭れたまま、カヲルは薄い微笑を浮かべて一生懸命に徹夜の原因を説明するタカミを見遣る。
「…なんだか羨ましいな」
ふとカヲルが洩らした言葉に、ふとタカミが口を噤んでカヲルを見上げる。
「やりたいことを見つけて、それに向かって歩けるって…すごく羨ましい。…妬ましいくらいだ」
「…カヲル君」
そのまなざしは、哀しむようであり、痛みに耐えるようでもあり…。
「…君が護るべきひとは、君を受け止めてくれるひとは…君のすぐ傍に居るのに…まだ、迷うのかい?」
「…わからない。まだ、怖いのかも」
カヲルが視線を逸らし、晦ますように微笑う。
タカミがマグカップに残った、明らかに彼自身の許容量を上回る酒精を含んだ珈琲を胃の腑に落とし込んで立ち上がる。
「ねえ、カヲル君。僕は…君たちの為だったら何だってするよ。僕は、君たちが大好きだから。僕に出来ることなら、何だって…」
マグを静かに流しに滑らせて、カウンターに身を凭せかけたままやや俯いているカヲルの髪に触れる。
カヲルが何かを言い出すのを、少し俟つような間があった。カヲルの胸中を読むことは彼にとってそれほど難しいことではなかった筈だが、敢えて言葉にさせることで、少し整理をつけさせようとしたのだろう。
だが、カヲルが言葉を発することはなく…。
タカミが傷ましさにかすかに眉を曇らせ、俯いたカヲルをそのまま包み込む。
「焦ることなんて何も無いよね…? ただ、不安なのかな。仕方ないよ、時間が必要な事だってある…」
カヲルはされるまま、タカミの肩に額を寄せて、細く吐息した。ゆったりした鼓動を聴きながら、背に腕を回す。…そしてゆっくりと顔を上げると、耳朶を噛むようにしてその言葉を告げた。
困らせて愉しむ意図があった訳ではないが…意外に、反応は穏やかだった。拒絶はもとより、動揺さえも感じ取れない。かといって無反応でもない。ただ静かに、彼は応えた。
「…君が、望むならね」
***
雑然とした書斎と同一人物の部屋とは思えないほど、そこには何も無い。
寝起きにぶつかるから、という理由でナイトテーブルさえ置かず、時計はベッドの下、ベッドから離れた部屋の入口に丸い輪郭のランプがひとつあるだけだ。柔らかい光はフロアベッドの端に脱ぎ落とされた服をぼんやりと浮かび上がらせる程度。
俯せたまま、荒れた呼吸が戻るのを待っている背中で、冷えかけた汗がフロアランプの淡い光をはねていた。
自身が組み敷いている、身長の割に華奢な肩を眺めながら…カヲルがぽつりと訊いた。
「…イヤじゃないの?」
すぐに応えられる呼吸状態ではなかった。更に数回、荒い息をした後で…一度、深く吐息する。
「カヲル君…?幾ら何でも、このタイミングで…訊くことかなぁ」
「…ごめん」
全く以て正しい指摘に、カヲルが素直に謝った。そして、ゆっくりと身体を離す。
「…っ…!」
カヲルが身の裡から出ていく感触に、タカミがもう一度身を震わせ…艶めいて掠れた声を上げる。
もう暫く答えは聞けそうにないと踏んだカヲルは、とりあえず汗ばんで乱れた栗色の髪を撫でていた。それは幾分、愛撫というより眠りかけた猫を撫でる動作に近かったが。
ようやく呼吸が落ち着いて、身体を返したタカミがカヲルの頬に手を伸べた。
「言ったよね。君たちが大好きだから、出来ることは何でもするよって」
「それとこれとは話が別だろう。イヤだったらイヤって言えばいいのに」
少し拗ねたような物言いに、タカミが苦笑する。
「だから…どうしてそうなるかな」
頬に伸べた手を滑らせ、カヲルの腕を掴んで引き寄せる。抗う理由もないから、カヲルはそのままタカミの胸の上に頭を置いた。…ゆっくりと戻っていく鼓動を聞く。
「砕ける前の波…満ちてくまでの月みたいに、行きつくところは決まっているのに、それでいいのかまだ迷ってる。他の途なんて思いもつかないのにね。自分自身で、なにやってんだろうって思ってる」
「…うん」
「サキは手助けはしてくれるけど、途を示したりはしないし…選択を良いとも悪いとも言わない。だからかえってどうして良いのか判らない」
「……うん」
「…歩いてみるしかないよね? これからどんなことがあるのか判らないけど、歩いてみないと景色は変わらない」
「何か正論過ぎて…微妙に腹が立つんだけど」
カヲルが身を起こして頬杖をつき、軽く睨む。それを、タカミは少し眠たげな柔らかい笑みで受け止めて…髪を撫でた。
「そうかな? …でもそうだとすると、君が同じ事を…考えていた…からだよ…」
途切れかかる言葉をようやく言い終えたとき、すっと瞼が降りて、髪を撫でていた手が滑り落ちる。
「…寝ちゃうんだ」
おそらく、今朝帰ってきてから一眠りした後、また書斎で一仕事していたのだろう。リビングのシェードが全開でエアコンが入っていなかったところを見ると、おそらく午後の2時か3時あたり…休憩するつもりでリビングへ出て、そのまま落ちた。そんなところに違いない。3時間前後のこま切れな睡眠しかとっていなければ、こんなものだろう。
「まったく、隙だらけなんだから。…いいけどね、べつに」
それほど眠いとも思わなかったのだが、抗い難い温かさに頬杖をはずして身を寄せた。この部屋もエアコンを効かせてはいたが、外気温が低いのか頻繁に稼働音がしている。
…降っていた雪、積もったのだろうか。
***
目が覚めたとき、ベッドの中にはカヲル自身の体温しかなかった。
エアコンは切れていたが、上掛けが丁寧に襟元まで掛けてあり、更にその上からフリースのガウンまで掛けてあったから、寒さを感じる事は無かった。ガウンを引っ掛けて部屋を出ると、リビングのシェードが上がっていた。
眩しい程の白が朝日を反射する。テラス窓の前でタカミがマグカップ片手に外を見ていた。きっちりと外出する服装を整え、あとはコートを羽織るだけという格好である。
「…積もっちゃったんだ、結局」
雪に見惚れていたのか、声をかけてようやく気づく。
「おはよう。そうなんだよ。道も結構白くなってる。電車、動くかなぁ」
「講義なの?」
「それもあるけど、下手すると今日は休講かもね。でも、昨日話したシミュレーションプログラムのデバックをしておきたくて。いくつか原因が見つかったから、とりあえずトライしてみようかと思うんだ。メインプログラムはうちのマシンで動くような代物じゃないし、大学行かないと」
そう言って、実に楽しそうに笑う。
空は晴れていた。気温が上がれば、昼過ぎには雪は溶けるだろう。
「…僕の方は、レイを迎えに行くのは夕方だから問題無いけど。タカミ、転んで怪我しないようにね」
「まあ、運動音痴ってことには自覚あるから…身の程は弁えてるつもりだよ」
苦笑しながら、マグカップを持った手で窓の外を指した。
「見てごらんよ、何か楽しそうだ」
昨夜は風がなかったのだろう。下のタイルの模様が全く見えなくなるほどに積もった雪は、見事なほどに斑がなくて…ぴしりとベッドメークされたシーツのようにも見えた。そこへ小さな鳥が降りてきて、虫でも捜すのか…まっさらの雪を蹴立てて嘴でつつき回す。
「あーあ、ぐちゃぐちゃ」
小さな鳥は全身で自分の存在を雪の上に大書してから、ふいと翔け去ってしまった。
「…翼のある身って…いいよね」
その鳥の仕草を見ていて、ふとカヲルの口を突いて出た言葉に、タカミが柔らかな笑みを湛えて言った。
「翼がなければ歩けば良いさ。それに、翼がないなんて誰が決めたの。僕らはその気になれば翼の一対や二対…」
「タカミ、冗談に聞こえない」
「まあ、あまりメリットなさそうだしね。ここは地道に、歩いて行こうよ。とりあえず、次の景色が見えてくるまでね」
昨日の話を憶えていない訳ではなさそうだ。…タカミだったら十分記憶が飛ぶ酒量だと思ったのに。どこら辺まで憶えているのか質すべきかどうか…そんなことを考えていると、タカミがふと時計を見て身を翻す。
「うわ、あまり余裕かましてる場合じゃなかったんだ。じゃ、行ってくるね。朝食はできてるから。帰れる時間の目処がついたら連絡するよ」
「気をつけて」
「ありがと。…と、手ぶらで行ってどうするんだろ」
マグを置いてそのまま玄関へ直行しかけ、慌てて部屋へバッグを取りに戻る。雪で滑って転倒、という話が冗談にならない慌てぶりに、思わず声を掛ける。
「…怪我しないようにね。本当に」
「うん、それじゃいってきます」
あの勢いでは、電車が止まっていたとしても意地で大学まで歩いて行きそうだ。
『砕ける前の波…満ちてくまでの月みたいに、行きつくところは決まっているのに、それでいいのかまだ迷ってる。他の途なんて思いもつかないのにね。自分自身で、なにやってんだろうって思ってる』
何かすこし腹が立つほど、その通りだった。
護りたいものがある。でも、今のままで良いのか判らない。…だったらとりあえず、次の景色が見えてくるまで歩き続けるしかないのだ。
歩き続けよう。途中の景色を楽しみながら。
雪が消える前に、公園に行ってみようか。そんなことを考えながら、カヲルはポットの珈琲をマグに注いだ。
Evangelion SS 「NO APOLOGY Ⅴ」
「雪とイルミネーション」をテーマに「楽園~」の後日談を書く、というのが今回のコンセプトでした。
およそうちのカヲル君が明確に攻に回ったのは今回が初めてではないかと思います。ま、仕方ありませんやね。相手がタカミ君では。
タイトルは今回Granrodeoです。
谷山紀章さんの声は素敵なのですが、Granrodeoの詞は時々、柳はもとより万夏でさえ思わず退いてしまうほど言葉がキツい。そんなわけで最近はあまり聞いていないのですが、この曲は良いです。イマイチ幸せなのかどうか微妙なんですが、とても綺麗なイメージで。Snow Palletと聞いて、当初は雪に色とりどりのイルミネーションが映って絵の具を載せたパレットみたい、という至極安直な構図を考えていたのですが、palletという単語の意味を調べていたら冒頭の記述を見つけまして。雪の褥という話になってしまいました。直接的な意味だけでなく、本来落ち着くべき場所ではない、仮の褥という意味合いが混じってます。やっぱり仮でしょう。だってカヲル君、本命はレイちゃんなんですから。
そこからNO APOLOGY Ⅲの「レクイエム」を思い出しまして、NO APOLOGY Ⅱ「十六夜」に対するNO APOLOGY Ⅳ「Moon Shadow」、NO APOLOGY Ⅲの「レクイエム」に対する今回の「Snow Palett」という構図になりました。やっぱり非道い話になっちゃいましたね。
途中でタカミ君が説教してる「砕ける前の波、満ちていくまでの月」というフレーズは、池田さんの「幸福」からのイタダキです。幸福は結末よりも、途中の景色が素敵…というくだりは、何かしみじみと暖かくなりますね。
それでは皆様、次回まで万夏が正気でいたら・・・・・いや、何も申しますまい・・・・・・(^^;
2017.12.24
暁乃家 万夏 拝