雨は炎に恋した
熱い身体に焦がれた
大空捨てて
燃える炎抱きしめた
瞳をあけたら
炎は消えてた
「雨の恋」
「Grieving Angel」
その湖は森の最奥にあり、時に森の動物達が水を求めてくるよりほかは、静謐に包まれていた。
岸は水際ぎりぎりまで木々が押し寄せ、四方八方から水面へ太い枝を差しのべている。
その枝の一つに、今日は人影があった。・・・・否、ヒトと言ったものか?
その手には、身長に斉しい長大な鎌。その重みだけでも枝は水面に接しように、枝は撓んでさえいない。闇色の衣をまとった長身の青年。だがその背には、闇色の翼があった。
水面に映る、木々の枝。しかし青年の姿はそこに映らない。
父なる方の御使は、ある種の例外を除いてヒトはその姿を見ることが出来ない。彼はその、「ある種の例外」に属す者であった。
だが、仮にここに誰かが来て、彼の姿を見たとしても、ヒトは慌てて眼を伏せ、一心に聖句を唱え続けるだろう。
彼はそういう者であった。
――――相変わらず不景気な顔をして。
あるいは彼以外の者には聞こえないのかも知れぬその声は、不意に生じた波紋と共に訪れた。
「・・・これはもとからですよ」
波紋の下には魚とておらず、水面には木の葉一つ落ちたわけではない。だがそこには何かがいた。
「ひとつ処を守っていればいいあなたと違って、こっちは何かと気苦労が多いんです。・・・不景気な顔にもなろうというもの」
――――そう言うな、動けぬ者には動けぬ者の気苦労もある。
「あったとしても、あなたにそれがあるとは思えませんがね」
――――それが久しぶりの挨拶とは、つれない限りだな。
水面がさざめく。
――――まあ良い、おまえが来ると何かと退屈せぬ。それ。
私が来ると、厄介事が舞い込むような言い方ですね・・・・青年はそう言いたげだったが、波紋に示された岸にヒトの姿を認めて口を噤む。
――――どうやら、水を汲みに来たという風情ではないな。
娘。十八、九というところか。魔術者らしいが、その衣服のつけかたはどこか不自然であった。襟が破れて、裾が綻びている。土をつけてさえいた。見れば、沓も履いていない。
虚ろな双眸にかかる髪はひどく乱れ、衣服から覗く手足は擦過傷だらけで、その足取りもどこかふらついていた。
浅瀬に入り、嗚咽を漏らしながら手足の泥を落とす。
娘が受けた仕打ちに気がついた青年が、眼を伏せる。
――――娘一人で、こんな深い森の中を出歩くから・・・
水面の声が嘆息したが、それはいささか真剣味を欠いていた。無理もあるまい。彼らほどの年月を生きれば、大抵のことには驚くことが出来なくなる。
彼は何も答えず、ただ目を逸らしていた。だが、重い水音に振り返る。
浅瀬に、娘の姿はなかった。そこには波紋が残るばかり。
――――水浴には早すぎる時期と思うがな。
「莫迦な、まだ命数は尽きていないのに・・・」
青年が大鎌を携え、翼を広げた。
――――止めておけ、かかわって何とする。
水面の声に、青年が一瞬動作を止める。だが、構わず翔いた。
「・・・・尽きてもいない命、投げ出されてはこちらの仕事が増えます」
――――・・・そういうことにしておくさ。
闇の翼は水面に舞い降り、青年の爪先は僅かな波紋だけを描いた。水面に立ち、大鎌に両手を掛けて問う。
「で、手伝ってくれるんですか、くれないんですか?」
――――手伝わねばそれで水面を斬るか。乱暴な奴・・・。
そうぼやいたとき、娘が消えた水面が不意に裂ける。
――――ヒトに心をかけても、後悔するだけだぞ。・・・ましてお前は・・・
「・・・分かっています」
裂けた水面が放り出した娘を、青年がそっと受け止めた。
***
ヒトのこころは不可解だ。
憎みながら愛し、愛しながら憎む。そして、ほとんどの場合にそれに気づいていない。
裏切られたと感じながら、一方で万が一の翻意を期待する。
触れられた身体を厭うて投身するほど思い詰めながら、男の吐いた甘言を否定しきれない。
苦しみから解き放つのは簡単。望み通り、魂の緒を斬ってやればよい。
永遠に時間から切り離してやれば良い。
でもヒトは、生きていこうとする処にその存在があるから。
***
文字通り火の海と化した部屋の中で、彼は悄然と立ち尽くしていた。
こんなことになるのなら、あのとき、この大鎌の刃にかけてしまえばよかった。
こんな結末を見るために、かえした訳ではなかった。
でもおそらくは、彼女の想いは全うされたのだ。
――――――――Fin――――――――
Evangelion SS 「Grieving Angel」
はい、「遠雷」シリーズ番外「成就」でございます。
捜しまくってはみましたが、どうやらこれに関しては言い訳をしていなかったみたいで…ファイルが見つかりませんでした。言い訳すら出来ない程に我儘いっぱいなSSですからね。多分書いてなかったのだと思います。
だからって言い訳だけ書き直すか、って話はあるのですが…やっぱりさせて、言い訳。
冒頭の詩はアルバム高橋洋子さんの「Li-La」から、「雨の恋」。どーやったって届かない、届けようとすれば相手を壊してしまう。そんな切ないイメージが好きですね。この場合、死神が人間に恋したってどーにもならない。どうしてもそういう話にしたいのか? …したかったんですよ本編が酷ぇから。正直、ファイル修正しながら今読んでも描写キツいなーと思ったくらいです。…ま、若気の至りってことで(<コラ)
それでは皆様、次回まで万夏が正気でいたら・・・・・いや、何も申しますまい・・・・・・(^^;
2017.8.6
暁乃家万夏 拝