ヴァレンタイン小咄 on「夏服 最後の日」

以下の文章は、天井裏の長編小説「夏服 最後の日」準拠の
ヴァレンタイン小ネタです。
ストーリーなんてものは、きっぱりさっぱりございませんが
上記小説をまだお読みでない方にはさっぱりわからない仕様となっております。
本編ご一読の上、お読みいただくようお願いいたします。

暁乃家万夏 拝


Akino-ya Banka’s Room
Evangelion SS 「With all my Heart Ⅱ」

ヴァレンタイン小咄 3話
 on 「夏服 最後の日」


榊家の家庭の事情
~血のヴァレンタイン~ 1

「父さんっっ!再婚するって本気!?」
 セラフィン・榊。後のセラフィン・渚=ローレンツ19歳。扉を蹴破る勢いで帰宅しての第一声。
「どうしたんだ、セラ。血相変えて」
「『どうしたんだ』もないもんだわ。怖い話を聞いちゃったんだけど」
 娘の剣幕に全く動じない父親。
「再婚!?しかも私と5歳と違わないと!?」
「うん、実はそうなんだ。…ああ、そういえば今年24と言っていたな。そういえばそうなのかぁ」
 泰然というより単に間延びしてる父親に、セラちゃん暴発。
「『そういえば』じゃないわよっっ!何考えて娘と同じ大学の院生に手ぇだしてんのよ!まさかと思うけど、孕ましてんじゃないでしょうねっ!」
「もう少し穏当な表現はできないものかな?」
図星かぁっ!! 母さんが亡くなってまだ3年とたたないのにこの男は…!」
「そうなんだ…タカミだってまだ小さいし、母親がいたほうが…」
「幼児をダシにしてんじゃないッ!」
 唸りを上げて、セラちゃんの手許からリボンを纏った小さな箱が飛ぶ。ヴァレンタインとて父親に贈られる筈だった缶入りボンボンはあやまたず父親の眉間にヒット。父親ダウン。

 跳ね返った箱はリビング中央のラグに積み木を並べていた幼児の前に転がった。嬉しそうにほどけかけたリボンを引っ張って、早速遊び始める。なんだか紅いシミがついてるけど、そんなもの幼児は気にしない
 その様子にすこし哀れをもよおしたセラちゃん、幼児を抱きかかえて言った。
「タカミ、ごめんね。私、今日を限りに家を出るわ。悪いけど、私のことは忘れて頂戴。あなたにお姉ちゃんはいなかったの。それとね、悪いこと言わないからあなたもこんなへたれオヤジ、とっとと棄てて自活なさい。それがあなたの為よ」
「セラぁ…?」
 流石に事態を理解するのは無理というもの。タカミ君(3歳)、小首を傾げて姉を見た…。

—-暗転—-

「…てなことがあったらしいんですよぉ。いえね、私もそこに居合わせたわけじゃないんだけどー♪ 散々なヴァレンタインだったってあとからしみじみ語ってたらしいですよ。
 そうそう、お父さんが眉間に一発くらって昏倒してる間に、あなたがウイスキーボンボンの缶を見事にカラにして、急性アルコール中毒救急搬送されたってのは事実だったらしいですね。私ちゃんと、出動記録調べましたから。
 あ、ついでにそのあと虐待疑いで病院から児童相談所に通報いったみたいです。まー完璧に誤解なんですけど、この場合無理ないですねっ♪」
 榊セラフィンがセラフィン・ローレンツになった経緯を、真希波マリ・イラストリアス弁護士から聞かされたタカミ君、自分の記憶から父と姉がきれいさっぱり抜け落ちていた事情をおぼろげに悟ったとさ。
「…聞くんじゃなかった…」

夏の事件でけちょんけちょんな扱いを受けた人物のその後

「あ、加持ごめーん。私木曜日泊まりになるからぁ、金曜のゴミ出しよろしくねん♪」
【はいはい】
「それと、クリーニング屋にスーツ取りに行っといてもらうと助かるなぁ」
【しょーがないな】
「あと、昨日不在通知入ってた荷物、受け取りできた?」
【受け取った。なあ葛城、宅配ボックスぐらい置こう。運送屋さんに迷惑だ】
「そーよね、今度見繕ってくれる?」
【ああ、わかった】
 カウンターバーの一隅。ミサトさんの電話を横で聞いていたリツコさん、感心したというより呆れたように一言。
「…無様ね
 夏の一件で複数方面から顰蹙を買って危うく公安に突き出されそうになった加持。現在、仕事も干されてるので仕方なくミサトさん家でハウスキーパーである。
「いや、あたしは助かってるわよ。無駄な出費減って。加持、やりくり巧いから」
「…呆れた。金銭管理も任せきりなの」
「面倒だもん」
「…そういう状況って、何て言うか知ってる?ミサト」
「えーと…」
 ミサトさん、ちょっと目が泳ぐの図。微妙に顔も赤いのは、カクテルの所為だけでもない。
「だってぇ!あんな危なっかしい奴、野放しにしといたら世間様の迷惑じゃないっ!」
「…照れるのは勝手だけど、そろそろ『住み込みハウスキーパー』からクラスチェンジさせたげれば?さもないと彼、ジゴロって呼ばれるわよ」
 ぐしゃ。痛そうな音を立ててミサトさんがカウンターの上に突っ伏す。
「もう言っちゃってるじゃない…」
 実は最前の荷物、ネット注文したヴァレンタインチョコである。照れくさすぎて「あんた宛だから開けちゃって♪」と言ってしまおうと思って…実は機を逸したのだった。
 がばりと起き上がり、真っ赤な顔でリツコさんに詰め寄る。
「ねーリツコぉ!こーいうのってやっぱり私から言うべき?何か違わない?ねえ!!」
「はいはい、落ち着いてまずは水でも飲みなさい」
 デカンタで貰っておいたチェイサーを注いで、若干酒乱気味の友人の前に置く。
 男共が優柔不断だと、女が苦労するのよね。
 吐息と共に独りごちてから、それがまるきり他人事って訳でもない事実に気付いてしまって…憮然とするリツコさんだった。

臨床検査技師・高階マサキが
パワーハラスメントを受けている事情について

「…結構人気あるのね、高階君」
 2月14日の病理検査室。ローテーブルに積み上げられたチョコの山を一瞥して、赤木リツコ室長はぼそりとそう言った。
「…いや別に、くれるってものを断ることもないでしょう。どうせ義理でしょ。お返しが面倒といえば面倒ですけどね。ま、年中行事だから」
「ふーん。知らないって怖いわよね」
「…何が言いたいんです?」
 嫌な空気に、手を止めて上司の方を振り返るマサキ君。
「いかにも常識人って顔して実は身内に手を出してるとか…普通有り得ないものねぇ。しかも…」
室長ッッ!!
 これをパワーハラスメントと言わずして何と言おう。ほぼ脅迫に近い。あのど天然が煮え切らないからって、なんで自分がここまで苛められなければならんのか。
 辞めてやる、こんな職場。そう心に誓った高階マサキであった。

誰が何と言おうと、これべく候

  1. 2020.1.24追記…このネタはもう一つの長編「Time After Time」にも横滑りしました