今夜地球ほしが滅びてもいい。
君を抱いて死ねるのなら・・・・・・・・


Akino-ya Banka’s Room Evangelion SS 
「FALL」
遠雷 <Ⅱ>

 もはや昼夜となく、シンジは天使のもとへ通うようになっていた。
 夜は既に言うまでもなく。昼も、リツコが傷の処置をしに来る時間を巧妙に避けては逢いに行く。
 シンジの身の回りを世話する者たちは、うすうす気づいていた。
 父が在宅の時だけは、避けているようではあったが。

***

 月の光が、冷たい夜の空気と共に窓から入り込む。
「・・・・・・ひどい、傷だね・・・・」
 半ばうつ伏せ、肩を軽く上下させている彼の背に唇を寄せて、シンジは囁いた。
 囁きながら、左手は重ねられた腰へ、さらに前へ滑らせる。
 そこに触れながら、舌先で血の滲む傷をなぞる。さすがに彼が背を撓らせ、呼吸を詰めた。
 血の味と締め付けられる感覚に狂い、シンジが昇りつめる。
「・・・・・・・・・・・んっ・・・・・!」
 びくり、とシンジの腰が震える。だが離れることはせず、左手に更に力を加えて腰を押し付けた。
「・・・・・・は・・・・勿体・・・・無いよ・・・・もう少し・・・・居させて・・・・・」
 シンジが空いた手を喉元にまわし、白い喉を撫でる。指先で唇に軽く触れた。唇をなぞり、歯列を割る。侵入させた指が温かな舌に包まれると、鋭敏な指先から腰へ電流が走った。
「・・・・・ぁ・・・・・・ごめんね、僕・・・・・・ばっかり・・・・・」
 彼の息遣いがいよいよ切羽詰まっていることに気づき、左手を急速に動かす。シンジの指を咥えた唇からは、切ない息が漏れるばかり。指先に与えられる感覚が、もう一度シンジを追いつめていた。
 そしてもう一度、血の滲む傷に舌をあてがうと、こすりあげる。
 寸前で、シンジは指を引き抜いた。
「・・・・・・・・・・・!!」
 少し高い声が、はじめて夜気を震わせる。
 その声に、シンジが口元をほころばせた。
「ごめんね、ひどいことして・・・・・・・・でも、こうでもしないと君、全然声を上げてくれないんだもの・・・・・・」
 ――――――――――最初の夜、濁って黒とも赤ともつかなかったシンジの目は、今や完全に血の紅と同じ色だった。
 憑かれた者の目だった。
「ねえ、そろそろ名前くらい教えてよ・・・・・・・」
 ぐったりとした白い身体から自身を引き抜き、左手で受けたものを丁寧に舐め取る。
「・・・・・そうじゃないと・・・こんなときに、名前も呼べないよ・・・・・」
 身体についたものを舐め、それでも足りず、身体の位置をかえて直接口に含む。
 気がついて、シンジがそうしやすいように仰向けになろうとした彼を、シンジが引き止める。
「いいよ。僕がまた、傷・・・・あけちゃったから・・・・・このままで、いい・・・・・」
 彼はくすりと笑い、シンジの髪に触れた。
「それじゃ君がつらいよ・・・・・・」
 一旦身体を離し、起き上がる。飴を取り上げられた幼児のような表情をして下肢を抑えようとするシンジに、彼は白い指を与えた。
 その指を陶然として含むシンジ。その間に身を起こし、投げ出した下肢の間へシンジを導いた。
 シンジに求めるものを与える。
「僕の名前・・・・・・・・・・知りたい?・・・・・・っ・・・」
 縋るもののない上体が衝動に揺られ、ゆっくりと波打った。
「・・・・・・うん・・・・でも、君が言いたくないのなら、強いて聞かないよ。君がここに居てくれるなら、それでいいから・・・・・・・・」
 喉を反らし、切ない息を吐いてシンジの髪をそっと撫でる。晧晧と照る月を見、そして目を閉じた。
「・・・・・・カヲル、でいいよ・・・・・」
「うん、カヲル君・・・・・・・」
 嬉しげにそう言い、シンジが与えられたものを口に含む。新たな衝動を堪えるように、彼は一度俯き、唇を噛んだ。
 そして再び月を仰ぎ、黒い髪を撫でる。
 ――――――――――哀しい瞳だった。
 刺激がもたらす快感より、抑え切れない哀しみが、瞳の紅を揺らしていた。
 愛しさよりもいたましさが、髪を梳く指先に優しさを与えていた。

***

「私はこんな説教のできる筋合いの者ではないけれど・・・・・シンジ君、あなた自分が何をしているか理解っている?」
 傷の処置が終わると大抵すぐに帰ってしまうリツコが、その日はシンジを訪ねて書庫へ来た。
「何って・・・・・?」
 平然ととぼける。黒い瞳はいつもと同じ、落ち着いた色彩を湛えていた。
 リツコが内心で吐息する。
 羽が再生しないことはともかく、傷自体がいつまで経っても癒えないのは。
「彼はあなたに、血を与えているのよ」
「・・・・・・・・・だから?」
 シンジは穏やかに微笑んだ。
 リツコは寒さにとらわれ、シンジの穏やかな目を凝視した。
 血を与えるという行為は、ある種の魔物が人をおのが眷属に引き入れる時に用いる。それを知らないシンジではあるまい。
 ・・・・・・・彼は、狡猾だ。
 身体よりもさきに、心を奪ってしまった。

***

 魔物?そうかもしれない。
 彼は、寝台の上で膝を抱えたまま、空笑する。
 ただし今の僕は、人が生み出した魔物だよ。
 そうでしょう?司祭長殿。
 あなたは人という種の破滅を回避したい。
 僕は彼女を解放したい。
 一致した利害のもとに、僕は身体を得て地に降くだった。
 やり方は問わない。そういう約束でしたね?

***

「やっぱりあの子は女神様なんだね」
「そうだよ。君たちのもつ、”神様”の概念とは少しずれがあるかもしれないけどね。彼女は人の命の基となった存在なのさ」
「そんな大切な人に、父さんはなぜあんな酷いことを・・・?」
「彼女は全ての人の魂が行き着く処を知っているんだよ。そしてそこから魂を呼び返す事が出来る。君の父さんは、彼女にそれを願っているんだよ」
「魂を・・・・・?」
「出来ない訳じゃない。でも、そうするとこの世界の因果律は狂い、ここに存在するはずのない者たちが流入することになる。だからそれは禁じられているんだ」
「そんなことしてまで呼び返したい人って、誰なんだろう」
「君のおかあさんさ」
「・・・・・・!」

***

「僕が、分かる?」
 ここしばらく、すっかり足が遠のいていた地下室に、シンジは来ていた。
 彼女の反応は、明らかに違っていた。
 不思議なものでも見るように、シンジを見る。そこには以前のような闇雲な恐怖はなかったが、微笑みもまた、なかった。
「もうすぐ、だからね。もうすぐ、君を出してあげられる・・・・・・・そうしたら、三人で何処か遠いところへ行こう。父さんの手の届かないところへ・・・・・」
 しかし彼女は、悲しげに首を振るばかりだった。
 そのしぐさの意味を、シンジは理解できなかった。

***

「・・・・・・もう、やめて」
 巻くだけむなしい包帯を巻き終えてから、リツコが言った。視線を合わせないまま、押し殺したような声だった。
 彼は穏やかな表情で、見つめ返すばかり。
「地下室の鍵なら私も持っているわ。だから、あの子を連れて月に帰って。・・・・・・・お願いだから、あの人を破滅させないで」
「・・・・あなただって知らない訳じゃないでしょう。地下室の鍵を開けるだけでは、彼女は帰れない」
 びくりとして、リツコが顔を上げた。
「そんなにびっくりしなくてもいいでしょう。先刻承知の癖に」
「・・・・・まさか、私相手に口をきく気になってくれるとは思わなかっただけよ」
 そしてまた表情を隠す。彼が苦笑した。
「領主殿が彼女から奪ったものを返してくれなければ、彼女は帰れない。領主殿は返してくれそうにありませんからね。自力で捜しますよ」
「だから、彼を? ・・・・・・・自分が堕ちてまで?」
「契約が終われば塵と帰すモノに、さして執着はしませんね。それに・・・」
 彼は冷然と言い放った。そして笑う。冷たい笑いだった。
「・・・・優しいですよ、彼は」
「・・・・・ゼーレの司祭長の仕事ね。・・・・・・酷いことを」
「酷い? これは妙なことを聞きますね。あなたがたが彼女にした仕打ちに比べたら、何程のこともないでしょう」
「・・・・・一言もないわ」
「それに、司祭長殿は手段は問わぬと仰ったのでね。まあ、僕を降ろした時点で、鬼にも蛇にもなる覚悟はあったでしょうけど」
「・・・・・私があの人から、彼女から奪ったものを取り返したら、おとなしく帰ってくれるの?」
「彼女次第ですね。僕は彼女が戻るなら、強いてこの世界に破滅を導くつもりはない。ただ、彼女とシンジ君が共振を起こすのはもう時間の問題。そうなればちまちまと探し物をする必要はない」
「契約を反故にすることも辞さないと?」
「反故?」
 彼は低い笑声をたてた。
「キール司祭長殿との契約は、人という種の破滅を回避すること。世界が灰塵と帰し、人が全て彼女の中に還ったとしても、それは種の破滅とは言いませんよ」
「三日・・・・・待って頂戴。その間に必ず、探し出してここへ持ってくるわ。・・・・だから彼を、彼女に近づけないで」
「・・・・・・どうやって? 僕はここに幽閉された身ですよ」
 揶揄するように、彼は言った。
 さすがに、リツコが俯く。
「あの人は明日の明け方から・・・視察に出るわ。・・・・・あなたが望めば、彼はここから出ないわよ」

***

「・・・・・構わないよ・・・・」
 彼の鼓動を聞くように、彼の胸の上に頬を寄せたまま、シンジが呟いた。
「・・・・何だい?」
 身を起こしかける彼をとどめ、そっと口づける。
「分かってるんだ。僕に何が出来るのか。僕は構わないよ、カヲル君」
「聞いてたんだね。リツコさんとの話」
「・・・・・それもあるけど・・・・」
「怒らないの?」
「どうして・・・・・?・・・・・」
「僕が君にしたことを。君は彼女と心を通わせることのできた、ただ一人の人だったから・・・・・・・君を択んだことを」
「・・・・・・・・僕は君を彼女の代わりにしたよ。今は違うけど・・・・・」
 シンジは身体をずらし、唇を重ねた。そして半身を起こし、白い頬をなぞりながら言った。
「今夜・・・今この瞬間に地球ほしが滅んでもいい。君を抱いて死ねるならね・・・・・」
 彼は切ない表情をして、シンジの首に両腕を回した。
 抱き寄せ、もう一度口づける。深く・・・・

 それは叶わないよ。そんなことを口にしてしまう前に・・・・・・・。

TO BE CONTINUED


Akino-ya Banka’s Room
Evangelion SS 「FALL」

「遠雷<Ⅱ>」に関するAPOLOGY言い訳…..

「後編」でお会いしまょう、とか言っときながら、このザマは何だ!!

 面目次第もございません<(_ _)>と平伏するより他ありませんね(^^;

 はい、延長です。またぞろ破滅的なお話になりそうな雰囲気ですねぇ。それに書く毎に話がヤバくなっていってます。加速ついてますね、既に。そろそろ、ついてけねぇ!!とおっしゃる方もあるでしょう。ま、でも万夏の本性なんてこんなもんです。これ以上ヤバイ話はそうそう書けんとは思いますがね(^^;



 冒頭の台詞は「Famme Fatal」より。言うまでもなく池田さんの曲です。いやもぉ(^^; 聞いてくださいよっそこのおねいさん!ってなもんです。まともに聞くと「誰かキムコ持って来い!!」って代物ですが、キレ具合がシンジ君にぴったり(^^;

 それでは皆様、それまで万夏が正気でいたら、今度こそ後編でお会いしましょう。

1997,9,21,22:30


                      暁乃家 万夏 拝